何時までも忘れないから。

 変わらないから。

 だから、安心して。

 俺たちは何時までも友達だから。

 

 

 

空はもう夜の帳が降り、辺りは街灯が点き始めて道路を照らしている。

もう三月も終わりがけだというのに気温は真冬並。吐く息は白く、手袋をしていない手は赤くなって痛いほどだ。

そんな中を俺は自転車を押しながら、こいつと肩を並べて歩いている。他のみんなは先に目的地に行ってしまった。俺とこいつだけは先の店での支払いを済ませている間に置いていかれてしまったのだ。目的地はよく知っている場所なので迷うことはない。

「たく、みんな変わんないな」

「あたりまえでしょ。まだ卒業して一ヶ月と経ってないんだから、変わってたらその方が怖いわよ」

 三月ももう残すところ僅かとなったところで俺たちは仲間内でささやかなパーティーを開くことになった。

 卒業して早二週間とちょっと。進路の決まっているやつ、浪人することが決定したやつ、と参加した面子は全員で10名ほどだが進む道は様々だ。こんな中途半端な時期に開くことになったのは進路の決まっていないやつのことを考えて全員一応決まってから集まろうという話になったからだ。

 俺は地元で進学が決まっていて、こいつは遠方の大学に進学が決まっている。他のみんなも地元に残るやつはほとんど居ない。

 つまり、こうやって会いたいときに会えるのは今日が最後ということになる。

「確かに、この短期間に変わったら怖いな」

 自分の言ったことにたいして冷静に考えれば確かに滑稽だと思えて苦笑いを浮かべる。

 この気の会う仲間たちと毎日顔を合わせることがなくなってまだ一月と経っていないのだ。それなのにとても懐かしいものに感じてしまった。

 みんなあの時の、高校時代のまま。だから、またあのバカ騒ぎのできた、忙しくて落ち着けて、楽しかった時間を過ごすことが出来た。

 でも、それはもう毎日続くことはない。

 明日からはまたみんな別々の道を歩いていくことになる。

 そんななかでみんなは変わっていってしまうのだろうか。

 今までのように楽しく笑いあうことも、喧嘩をすることもできないくらい、隣を通り過ぎてもわからないくらいに。

「なに暗い顔してるのよ」

「いや、なんでもないさ」

 内心を悟られないように努めて明るい口調で言い返す。それでごまかせるとは思わないけど、弱みは見せたくない。

「本当に?すごく寂しそうな顔してたけど」

 心配そうな声。からかうでもなく、真剣にこちらのことを思っていてくれるのがわかる。

やっぱばれてるのかと思う反面、相手がなにを考えているのか大体理解できている自分を嬉しく思うと同時に、少しあきれる。こいつに強がって見せたって、いまさら何も変わらないというのに。今までに弱いところは嫌というほど見せているのだから。

「寂しい、か。そうかもな。こうやって、みんなでバカ騒ぎをもう出来ないんだから」

 そう、もうみんなで毎日集まることはない。

 心地よかったあの教室の放課後に、みんなでバカをやって笑いあった日々にはもう戻れない。

 これからは先の見えない不安のなかで自らの選んだ道を歩いていくしかないのだ。みんな別々の道を。

 そんな中でみんな変わらずにはいられないだろう。望む、望まないは関係無しに。

 それを寂しく思う。もうあの頃に戻れないことを

失いたくないと思う。この三年間をともに過ごした仲間を。

「なんだ、そんなことで悩んでたの」

 俺が話し終えたところで静かに聞いていたこいつはあきれた顔で言ってくる。

「別に、今日が最後でもないでしょ。この先会えないわけじゃないんだから、そんな悲観しないの」

 確かに、もう会えないというわけでもない。けれども昔の関係を続けていくことは出来ないのではないか。

 そんな考えをしていると、こいつはとても晴れ晴れとした顔で前を見て言った。

「確かに、みんな変わっちゃうかもしれない。それでも、みんな友達だってことはかわらないじゃない?どれだけみんなが変わっても、時間が経っても、これだけは絶対に」

 そういった後、こちらを振り向いて笑顔で「違う?」と聞いてくる。

 その顔を見て俺の中の不安が取り除かれるのを感じる。

 確かに、俺たちが友達だということは変わらないだろう。この事実だけは絶対に。

 少なくとも、俺とこいつの間だけでは変わらない。

 その笑顔に対して「そうだな」と同意を返したところで空から白いものが降ってくることに気づいた。

「雪だ」

 そう雪が降ってきていた。最近の異常気象のせいで今日は異常に寒いと思っていたら。

「もう桜が咲き始める季節だってのに、雪が降るとは」

「いいじゃない。これはこれでまた」

 嬉しそうにはしゃぎながら降ってきた雪に手を伸ばす様子を見ながら思った。

 確かにこういったのも悪くない。

 俺たちのラストシーンとしてはこんな季節はずれの雪が舞い散るのも。

「なあ、また夏にでもみんなで集まって騒ごうか」

「なによ、もうそんな先の話?」

 笑いながらからかってくる声にたいして、俺も照れ隠しに「うるせー」とだけ笑いながら返す。

そうやって笑いあっていたら遠くから「おーい」と呼ぶ声が聞こえた。

「ほら、みんな呼んでるよ」

 声が聞こえた方に顔を向けるとみんながこちらに手を振りながら呼んでいるのが見える。その顔は遠めで見てもみんな楽しそうだ。この関係はいつまでも続いていくだろうことをなんの疑問ももっていないかのように。実際、そうなるのだろう。確証はないけど不意にそんな風に思った。

「ほら、行こ」

 俺の手をとって走り出す。

 その手に引かれながら、俺は走り出す。

 なんの打算もなく信頼できる仲間たちのところへ。

 

 確かに変わらずには居られない。考え方も、雰囲気も、関係も。その変化を怖いと思うのも仕方ないと思う。

 毎日顔を合わせなくなるのだから不安に感じるのはあたりまえだ。

 でも、その中で変わらないものもあるだろう。変わらないようにできるものもあるだろう。

 だから変えたくなければ約束をすればいい。また、この関係を続けられるように。

 当てはなくても、それでもそれに縋って。

 だから俺は過ぎ去りものに縋って未だ来ないものを怖がったりはしない。

 季節はずれの雪が舞い散るこのラストシーンを覚えていこう。

 明日に向かって歩いていこう。

 そして何時の日か、またみんなで集まってこの日のことを語りあうことができるよう、今日の自分を胸を張って思い出せるように。